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演題詳細

S1-3:
ヒ素と水銀の地球化学的研究史を編む
○板井 啓明 愛媛大学沿岸環境科学研究センター hisotaro@gmail.com
科学にせよ芸術にせよ、それがロマンや感動に満ちたものであっても、日々発展させるには支援の手が必要である。「地球および宇宙における元素の分布および挙動の包括的理解」という純粋科学的な目的を掲げた地球化学も、国家的なビッグプロジェクトの副産物の恩恵を受けて進歩してきた。例えば、マンハッタン計画は放射性元素に対する人類の理解を劇的に深め、ルナ計画は高精度の質量分析の発展を促した (松久・赤木2005;Wieser et al. 2005)。ビッグプロジェクトによる功罪両面の発生が不可避であることを受け入れるならば、自発的に副産物を拾い集めて体系知の肉付けに貢献する研究者が必要である。今回ヒ素と水銀という二つの元素を取り上げたのは、両者の化学的性質の類似性に着目したものではない。両者の共通点は、些か「嫌われ者」だったということである。1990年代以降、アジア各地で地下水汚染の原因となっていることが判明したヒ素と、1950年代以降に公害問題で注目され、今また越境汚染の懸念から規制に関わる条約締結にまで発展した水銀。これらは、マンハッタン計画のような巨大プロジェクトと比較できるものではないが、「環境問題」という20世紀後半における社会的問題提起が地球化学研究を加速させたという共通点を持つ。そのような背景で進んだ研究は、純粋科学的な視点で見れば、些かバイアスのかかった道筋を歩んだ可能性もある。しかし、両者の地球表層環境における挙動は、他の微量元素と比較して顕著に理解が進んでいるのも事実である。ある一面の理解が顕著に進むと、周辺領域との間に理解度のギャップが発生する。ヒ素と水銀の研究変遷を比較しながら辿ることで、ポテンシャルの発生から周辺領域への伝播の流れを良く見えるようにしてみようというのが本発表の試みである。科学の歴史において、理解のギャップを埋めて学問に厚みを与えてきたのは、(おそらくは)ビッグプロジェクトの動向とは離れた個別研究者の創意工夫である。仮に既存の「学会」という枠がそういった自主的営みの障壁として働いているとすれば、残念なことであるので、あえて微生物生態学会でこのような話をさせていただきたい。
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