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演題詳細

S5-1:
全ゲノム解析から見えてくるマダニ媒介性タイレリア原虫の動物血球細胞への卓越した寄生様式
○林田 京子1, 横山 直明2, 杉本 千尋1 1北大・人獣センター, 2帯畜大・原虫研 kyouko-h@czc.hokudai.ac.jp
タイレリア原虫は宿主動物・媒介節足動物と共に進化していく歴史の中で、多彩な生物学的特性を獲得してきた。あるものは動物内に穏やかに共生し、またあるものは動物に重篤な疾病をもたらしつつ、効率的に自己増殖を行う能力を獲得した。特に病原性タイレリアのもたらす宿主細胞の無限増殖、すなわち癌化という現象は巧みな自己増殖のための寄生戦略であり、生物学的にも珍しい特性で興味深い。このような原虫の寄生・共生・病原性の違いはどこから生まれるのか?我々はこの問いに答えるべく、本原虫の病原性をもたらす分子機序を理解することに加えて、大規模ゲノム解析からのアプローチで研究を進めてきたので、その知見を微生物の多彩な寄生進化の例としてここで紹介したい。
悪性タイレリアによる癌化には宿主細胞のNF κB経路の活性化や、MDM2の異常発現といった癌化シグナル伝達経路の関与があることが、我々を含む過去の一連の研究により示されてきた。しかし宿主細胞癌化の原因となる原虫分子と、その分子機構の全容は未だ明らかではない。これには、宿主と共存する道を選んだ良性タイレリアのゲノム情報が有力な手がかりとなると考えた。そこで、良性タイレリアの全ゲノム解析及びデータベースの整備に着手し、さらに感染実験系の構築により各発育期原虫の遺伝子発現解析も行った。今まで未知であったベクターステージにおける原虫遺伝子発現や、良性タイレリアが白血球よりも赤血球を棲み家として独自に進化してきた分子機構の一端が見えてきた。また、悪性タイレリアとの比較ゲノム解析からタイレリアゲノムのダイナミックかつ戦略的な構造変化が明らかとなった。特に、癌化機構に関与していると疑っている遺伝子群が悪性タイレリアにおいて遺伝子重複を起こしていたことは興味深い知見であった。
また、悪性タイレリアのアフリカ各国における野外分離株9株を全ゲノム解読した。精度の高い分子系統解析によって、本原虫種が過去にマダニ内で株間の遺伝子交雑を起こした痕跡を見出し、本原虫の起源が地理的にアフリカの限られた地域であったとする仮説を提唱した。悪性タイレリアのアフリカにおける大流行には、本来生物がなす穏やかな病原体―宿主の進化の過程に、人為的な家畜の普及というイベントが不運にも関与しているのかもしれない。今後はこれら得られた知見を、診断・治療・予防薬の開発、及び制圧戦略の立案に役立てて行きたい。
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