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環境中のキノロン自然耐性菌/感受性菌についての考察
放線菌が産生する抗生物質ナイボマイシン(NYB)や植物フラボンの一種アピジェニン(API)は、キノロン系抗菌薬耐性菌の生育を抑制するが、キノロン感受性菌には奏功しないという特異的な性質を示す。キノロン耐性の多くは、この薬剤が標的とする細菌Type IIA DNA topoisomeraseのキノロン耐性決定部位(QRDR)に起きる点変異によってもたらされるが、NYBやAPI存在下で同薬剤の耐性菌を選択すると、QRDRのアミノ酸配列がキノロン感受性の野生型に「復帰」し、それに伴いMIC値もキノロン感受性を示す。我々は、キノロン系抗菌薬と相補的な機能を示す、このような全く新しい性質を持つものを「復帰抗生物質」と名付けて報告し、キノロン耐性菌による感染症治療困難を克服する切り札と期待している。ところで臨床家は、「人類がキノロンを臨床導入して以来、キノロン耐性菌が蔓延した」と考えがちだが、これは事実だろうか?キノロンは人工抗菌薬であり、一方の復帰抗生物質は天然物であることを踏まえつつ、自然界にキノロン感受性菌(≒復帰抗生物質耐性菌)が圧倒的に多いと仮定すれば、復帰抗生物質の存在は不要のものとなってしまう。そこで、「自然界にはキノロン感受性菌が多い」という前提それ自体に誤りがあるのではないか?と思い至り、種々条件下の環境菌を集め、キノロン耐性菌とAPI耐性菌をそれぞれ寒天培地上で選択し、次世代シークエンサーを用いて16S rRNA配列に基づく細菌叢のクラスター解析を行った。その結果、予想通り、多様なキロノン耐性菌が広範囲に見いだされた。さらに、分離された細菌が属する分類上の特定の目(もく)にキノロン耐性/API耐性の科が両方混在しているのではなく、むしろキノロン耐性の目とAPI耐性の目とが明確に区分できることを見いだした。また、キノロン耐性(≒復帰抗生物質感受性)の目にはヒトに病原性を持つ菌種がほとんど含まれない一方、API耐性菌にはそれが含まれることが分かった。以上の結果は、復帰抗生物質が細菌の分化を誘導した可能性があること、さらに、従来キノロンが臨床で奏功していたのは、ヒトに病原性をもつ菌のほとんどがたまたまキノロン感受性だったからに過ぎず、進化の過程で感受性菌のみが選択的に病原性を持つに至ったことを示唆している。