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演題詳細

P-034:
う蝕病原性細菌におけるスクロース依存的な細胞外DNA放出機構の解析
○井上 紗智1, 稲葉 知大2, 尾花 望3, 八幡 穣4, 泉福 英信5, 野村 暢彦3 1筑波大・生物資源科学, 2産総研・環境管理, 3筑波大・生命環境系, 4Department of Civil, Environmental and Geomatic Engineering, Institute for Environmental Engineering, ETH Zurich, 5感染研・細菌第一部
 う蝕 (虫歯) は、85%以上の日本人が経験したことのある最も身近な感染症の一つである。う蝕病原性細菌Streptococcus mutansが砂糖の主成分であるスクロースを基質として不溶性グルカンを合成し、歯表面に強固なバイオフィルム (BF) を形成することでう蝕が発症することが知られる。我々の研究グループは、スクロースが不溶性グルカン産生に必要であるのみならず、細胞外DNA (eDNA) の放出を誘導することを発見した。さらに、eDNAはBFの骨格として機能し、BF構造を物理的に補強することを明らかにしてきた。しかし、その放出機構は不明のままであり、本研究ではS. mutansにおけるスクロース依存的なeDNA放出機構の解明を目的とし研究を行った。 スクロースにより放出されるeDNAの由来を検証するため、eDNAをテンプレートにゲノム上のそれぞれ離れた場所に位置する4遺伝子をPCR増幅した。その結果、すべての遺伝子において増幅が確認され、放出されたeDNAはゲノムDNAの広範囲の領域を含むことが示唆された。またeDNA放出に関与する遺伝子群の特定のため、RNA-seqを用いた網羅的な転写産物解析を行った。スクロースにより多くの遺伝子の転写産物量変動が確認され、さらにその遺伝子群には酸耐性制御に関連する遺伝子が複数含まれていた。S. mutansは乳酸発酵により周囲の環境を酸性化することが知られており、eDNA放出と酸耐性との関連が疑われた。そこで酸耐性試験を試みた結果、スクロース存在下では非存在下と比較して酸耐性の低下が認められた。また、培地に緩衝作用を持たせたところスクロースによるeDNA量の増加は見られなかった。つまりスクロースにより、乳酸発酵による酸性化と同時にS. mutansの酸耐性が低下することがeDNA放出の原因であると示唆された。以上の結果より、スクロースによりBF中の一部の細胞に酸ストレスによる細胞死が引き起こされ、死細胞のゲノムDNAに由来したeDNAが放出される可能性が考えられた。このようなスクロース依存的なeDNA放出誘導は、集団の一部の個体が自身を犠牲にし、バイオフィルムの物理的な構造強化を導く利他的な行動といえる。この行動は唾液の流れが激しい口腔内において、細菌が定着するための重要な集団生存戦略だと考えられる。
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